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『かっこいい横塚さんとかっこ悪い私ー「母よ! 殺すな」復刊に寄せて』

  
 「障害者は健全者とけんかしなくちゃいけないが、けんかするためには一緒にやらなくちゃいけないということです」
  八木下浩一

 僕は近頃悩んでいた。詳しくは書けないが、色んなことが積み重なって行き詰まっていた。
 けれども、たまたま、僕の介助のひとが情況出版に勤めていて、八木下さんの文章を持ってきてくれた。
 八木下さんとは、1971年にたまたま人づてに会った。
 紹介してくれた人は社会福祉学校に行っている人だった。
 八木下さんに会おうとしてあったのではなく本当に偶然だった。
 その時の印象は、顔がかっこいい割に面白いひとだったと思う。
 (ネットで若い頃の写真を見たけど、今もやはりかっこいいと思う)

 この文章のなかで、八木下さんは、障害者の子を持つ親にインタビューをしています。
 そのインタビューの仕方は、綺麗事やごまかしがなく、ありのままに書いていました。
 人間の本当のドラマを書いています。これまでこんなことは誰も書いていません。

 僕はそれを読んで、改めて魅力ある人だと思いました。
 やっぱり僕は、障害があってもなくても、本当のことを社会の中で行言っていかないといけない。
 それが今は忘れられているが、とても大事な生き様だと思う。

 僕の先輩でいろんなことをやって死んでいった先輩がいる。
 知的障害を持つ人だったけれど、彼もとても面白い人だった。
 彼や八木下さんのように、自分自身のドラマを生きていかねばならないと思う。
 こう考えていたら、元気が湧いてきた。
 はっきりモノをいわなきゃ、何も変わらない。

 
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人の多様性と差別

明けましておめでとうございます。
昨年を振り返ってみて、ちょっと思いだしたことがあるので書いてみようと思いました。

それは、僕の学生の頃の思い出です。

僕の家は、お米屋さんでした。年末のお米屋さんは忙しいです。何故だと思いますか?
おもちをつかなければならないのです。このためにアルバイトも雇います。
ある年の暮れ、このもちつきに僕は参加させてもらえませんでした。
親からは「忙しいから、邪魔にならないように寝てて」と言われました。
僕はその言葉に従い、いらいらしながら寝ていました。
邪魔にされているのですごくいらいらして暴れたこともありました。

その時、僕の友だちがやって来て「それはおかしいよ!」と言いました。
彼によれば、「できなくても良いから、その場に行ってちゃんと参加すべきだ!」ということでした。
僕はその時はっとしました。
「できないから、皆から離れてどこかに行くのではなくて、
できなくとも皆と一緒にいて、相手と理解し合うことが大事なんだ」と僕は思ったのです。

人は色んな人がいてよい。それが人の多様性だ。
けれどもこの多様性が、ひととひとを離れさせるとき、差別になる。

このことと関連して、もう一つ思いだしたことがあります。
前の思い出の少し後、駅で酔っ払いと間違えられて取り押さえられたことがあります。
(この事件の詳しいことは1971年1月10日の朝日新聞の「声」に載っています)
この事件の後、いろんな人と会いました。

その時、会った障害者の人から言われた言葉がいまも思いだされます。
「障害者はロボットだよ!」
その意味は、障害者は社会から隔離されて言う通りになるロボットになっているという意味です。
彼は非常に活動的な人で、障害者が社会の中でどのように位置づけられているのかということに批判意識を持った人でした。僕は、彼は人間として当たり前の生き方をしていると思いました(14年前にもう一度会いましたが、彼からは「覚えていない」と言われましたが)。とてもカッコいいと思います。色んな障害者とあったけれども、この人はとても魅力的な人だなあと今でも思います。

このこともやはり僕に人の多様性について考えさせてくれました。
人の多様性と差別の関係は難しいです。でも、人の多様性が人と人との理解を深めないようになるとき、それは差別になる。反対に人と人とを結びつけるとき、それは素晴らしい多様性になる。
  

電車のこと

昔は何台も待たされた。昔は何度も怒った。昔は駅員にも相手にされなかった。

けど、今は違う。粘り強く頑張ってきた結果だと思う。今は駅員も私に良く声をかけてくれるし、私は愛されてるのかも知れない。
今は電車に乗るのが楽しい。私がよく利用する平和島駅は確かに良くなってきている。介助者も最近は「安心して乗れますね」駅員の対応を褒めている。
今は平和島から新宿まで楽々50分で着いちゃう。
何度も言うけど、駅員も私のことを知っている。おっかないおじさんと思われてるのかな。
切符は買わない、スイカに切り替えたから。だからあとは障害者手帳を見せるだけでOK。
障害者手帳は本当はあまり見せたくない。大事なものだから、何度もカバンから出したり入れたりしたくなののが本音。でも駅員はそんな私の気持ちをわかってくれてるみたい。

駅員は私が行く駅とすぐに連絡をとってくれる。そして、私に「行き先はアナウンスしても大丈夫ですか、どうしますか」と聞いてくれる。何両目に乗るのかも聞いてくれる。
私の言葉を駅員は聞き取れないけれど、駅員は私にちゃんと声をかけてくれる。

今は電車に気分良く乗れる。特に今年は随分早くから安心して乗れる。



江ノ電1
江ノ電の感想



江ノ電2
これから対話をしてどんどん良くなっていけばいいな。

共に考えよう


今、私はいろんな活動をやってるけども、そのなかで感じること。サークルにもいろいろある。障害者の会とかその支援者の会とか…。5年前に入ったサークル。そこは、自分でできないなら介助者と共にやればいいじゃないかって教えてくれたところ、ちゃんとしてる。「レジュメは書けない」じゃなくて、自分の頭で考えてやってみる、その上で介助者を使うことも必要だって教えてくれました。
 今年、大きなイベントがあったけども、全国から参加を申し込んでくれたけども、私は忙しくてあまり関われなかったけど、運営はちゃんとしてた。イベントの当日は私もいったけど、とてもよかった。ビックリした。あんなにできないと思ってたから。みんな一人一人に役目があるんだ、と思いました。それが当たり前のことなんだと思いました。

交流の場を持ちたい
言語ができなくても努力してる人もいるし
相手の立場を考えよう



 去年12月、ある人のある講演会を聴きにいった。「共に生きる」ってどういうことか、説明を受けたけど、私は納得できませんでした。私はうちに帰ってすぐ、共に生きることについていろいろ考えた。介助者と共に働くのはいいことだと思う。そのとき、私は介助者にはお金をちょっと多くあげてもいいんじゃないかと思います。あと、考え方は障害者と介助者とで別々でいいんじゃないか、と。それがほんとうに「共に生きる」ということじゃないか、と。障害者、介助者が共倒れしちゃったら、何にもならないと思います(20年前、講演をしてくれた人、私はこの人を今でも尊敬してるけども、彼は昔自分がいったことを忘れちゃった…、今は自分の考えばかりおしつけてる…)。
 またあるサークルは、健康な人、障害者の運動にタッチしてる人、両方いるんだけども、わかってないと思う。頭のいいやつばかりで、弱い人をアテにしてない。それはおかしい。できない人もやれるようなことをしないとダメだと思います。


「共に生きる」こと


60になったけど、ぼくは小さいときから同じだよ。
「できない」人はいつもばかにされてるよ。たとえば、ぼくの実家のお店は12月、いつも忙しかった。バイトを使っていた。ぼくは「できないから、親から早く寝ろ、といつもいわれていた。そんなことばかりだった。
学校のときも、同じことばっかり。友だちとかいろいろな介助の人、みんないいことばかりいってだまして……。何も変わらないよ。今も変わってないよ。だけどぼくは、自分だけはがんばっていこうと思っているけど、やっぱり弱い人はだまされてばかり。ぼくはアタマにくるよ。
介助の仕事にしろ、ちゃんとお金を払うべき。その上で介助者はキチンと意見をいってもいいと思うよ。それが「共に生きる」ということだと考えている。共倒れしないようにしなかったらいけません。
プロフィール

鈴木敬治

Author:鈴木敬治
ただの障害者です。たまたま変わったところがありますが、当り前な生き方をしています。
野球はヤクルト、音楽は吉田拓郎をこよなく愛しています。
フォークソングが大好きで色々な人の歌を聴きます。

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